人狼BBS「理詰めのプレイは面白くない」と思う人がいるが、それは不思議ではない

人は誰でも自分の意見を世界にぶつけたいと願っている。それを中止させる権利は誰にもないし、そんなことはあってはならない。時にはそのぶつかりあい・わめきあいに辟易するようなことがあっても、それが人間のおもしろさ滑稽さなんだと受け止めたい。

もし人狼BBSをプレイして、真の占い師を担当することになったら。自分の推理や主張や疑惑は前面に押し出さずに、他の村人の多数案だけを受け入れるべきだ。
セオリーからすると人狼の騙り占い師が非常に困る展開だ。
しかし人間は村が間違った方向に行きそうなときに、自分の考えていることを信じて聞き入れて欲しいという誘惑に負けてしまうことがある。
「自分は占い師なんだから信じてくれ」としか言わない占い師は、確実に人狼だと疑われて吊られてしまう。
人狼BBSを詰め将棋のように理詰めでプレイするのは、個人的には好きだが万人が好むとは思えない。
どっちかというと、理論上正しいと思う人よりも感情として信頼できそうな人の意見を聞いて。そして自分の意見を喋りたいものだろう。
熟練した人狼はそこにつけこんで騙りをしにくるわけなのだが。
「信頼できそうだから信頼することにした」とか「熱心だから信頼する」という精神構造が良いとされている文化が影響しているのかもしれない。

プレイを楽しむという視点では、理詰めの村人の中に一人だけ勘と推理で動く判断力のある人がいたほうがいい。
村が勝つことだけに集中するには、全員が理詰めのほうが良い。ただしゲームとしてはまったく面白みの無い淡々とした展開になるだろう。